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石見銀山だけではありません

石州には~

石見銀山との~つながりもあり

独特の文化が~育まれています (^^)v

 

「福光石」は、

島根県温泉津(ゆのつ)町福光(ふくみつ)で

今も採石されている淡青色の軟石で、

五百羅漢座像のほとんどにこの福光石でつくられている。
 今から15001600万年前に噴出した火山灰が岩石化したものと言われ、

明治時代までは、

島根県宍道(しんじ)町来待の「来待石(きまちいし)」とともに、

山陰を二分する石製品の産地として栄えていた。
 現在でも民家や公共工事など、

主に外回りの修景用などに使われおり、

ここ大森では「石見銀山大森郵便局」の出入口周りに

この福光石が使われている。

膨大なのみ跡が山容を変え、

約450年間に及ぶ石の文化を連想させる。

大田市

温泉津町

福光の石山。

同町の特産品・福光石の採石場として唯一、現在も操業が続く。

戦国時代後期以降、

一帯から切り出された淡緑色の福光石は、

石見銀山の人々の暮らしを大きく支えてきた。


 大森の町並み保存地区と

銀山本体の柵内(さくのうち)で確認された

墓石などの石造物は合計1万1000基。

その大半が福光石だ。

大森の仙の山と石山の距離は約20キロ。

石工が仕上げた石造物は、

牛馬が背負い銀山街道の難所・降露坂を越え、

大森にもたらされた。

 コンクリートがない時代、

福光石は神社の鳥居や水路、街道を補強する石材など

、さまざまな用途に用いられた。

その需要は、

石見銀山で生きた人々の栄枯盛衰の歴史と重なり合う。

 

 以上 山陰中央新報より